中小企業のM&Aとは?特徴・手法・相場から成功のポイントまで解説
M&Aとは、会社や事業を第三者へ譲り渡す取引の総称で、近年は後継者不在に悩む中小企業の事業承継の手段として、M&Aの活用が急速に広がっています。
この記事では、中小企業のM&Aの特徴や手法、売却価格の考え方、メリット・デメリット、成功のポイントまで詳しく解説します。
1.中小企業のM&Aの特徴

中小企業のM&Aは、大企業同士の経営戦略的なM&Aとは異なり、後継者不在の解決を目的とした事業承継型が中心である点が大きな特徴です。
令和7年度では、国が全国47都道府県に設置する事業承継・引継ぎ支援センターへの新規相談者数は、開設以来初めて24,000社を超えて過去最多となりました(令和7年度 事業承継・引継ぎ支援センターの実績について「新規相談者数・M&A成約件数が過去最多」)。
経営者の高齢化が進む一方で親族や社内に後継者が見つからず、会社の存続のために第三者への譲渡を選ぶケースが増えています。
かつては会社を売ることに抵抗感を持つ経営者も少なくありませんでしたが、現在では従業員と事業を守るための前向きな経営判断として広く認知されるようになりました。
また、同センターの成約企業のうち約7割は売上高1億円以下であり、小規模な会社や個人事業も含めたスモールM&Aが市場の大部分を占めているのが実情です。
売り手・買い手ともに経営資源が限られるため、仲介会社や公的機関など外部の支援機関を活用しながら進める方法が一般的です。
2.中小企業のM&Aの手法

中小企業のM&Aで用いられる代表的な手法を紹介します。
- 株式譲渡
- 事業譲渡
- 会社分割
それぞれ譲渡の対象や手続き、税務上の取扱いが異なるため、自社の状況や目的に合わせて選択しましょう。
(1)株式譲渡
中小企業のM&Aで選ばれることが多いのが、株式譲渡です。
株式譲渡はオーナー経営者が保有する株式を買い手へ売却し、経営権を移転する手法です。
会社そのものが丸ごと引き継がれるため、従業員との雇用契約や取引先との契約、許認可などを原則そのまま維持できます。
ただし、会社の資産だけでなく負債や潜在的なリスクも買い手へ引き継がれるため、後述するデューデリジェンスが重要になります。
なお、非上場の中小企業では定款で株式の譲渡制限が定められているケースが多く、譲渡には取締役会や株主総会の承認が必要です。
(2)事業譲渡
事業譲渡は、会社の一部または全部の事業を選んで売却する手法です。
譲渡する資産や負債を個別に選別でき、買い手は必要な事業だけを引き継ぐことができます。
また売り手にとっても、一部の事業を売却して主力事業に資金やリソースを集中させられるというメリットもあります。
一方で、従業員との雇用契約や取引先との契約などは、個別に承継手続きを進める必要があります。
契約によっては相手方の同意や再契約が必要になり、雇用契約の承継には従業員本人の承諾が必要です。
(3)会社分割
会社分割は会社の事業に関する権利義務の全部または一部を、他の会社へ包括的に承継させる組織再編の手法です。
既存の会社に承継させる吸収分割と、新しく設立した会社に承継させる新設分割の2種類があります。
事業譲渡と似ていますが、権利義務が包括的に承継されるため、契約の締結し直しといった個別の手続きを減らせる点が特徴です。
複数の事業を切り分けて一部だけを譲渡したい場合などに活用されます。
3.中小企業のM&Aにおける売却価格の考え方

中小企業のM&Aの売却価格は、最終的には買い手との交渉によって決まります。
ここでは、価格の目安を捉えるための代表的な三つのアプローチを紹介します。
- コストアプローチ
- マーケットアプローチ
- インカムアプローチ
(1)コストアプローチ
コストアプローチは、会社の純資産をもとに価値を評価する考え方です。
中小企業のM&Aでは、時価純資産を算定したうえで、数年分(1〜3年)の営業利益を「のれん」として加算する年買法も、価格の目安として用いられています。
例えば、時価純資産が1億円、修正後利益が2,000万円の場合、1億2,000万〜1億6,000万円程度が一つの試算例です。
貸借対照表という客観的な数字をベースにするため、買い手も納得感を得やすい水準といえます。
(2)マーケットアプローチ
マーケットアプローチは、類似する上場企業や過去のM&A事例と比較して価値を捉える考え方です。
売り手にとっては、コストアプローチで算出した目安が業界の相場観から大きく乖離していないかを検証する使い方が有効です。
例えば、同業種のM&A事例と比べて希望価格が高すぎれば買い手が現れにくく、安すぎれば会社を不当に安く手放すことになりかねません。
ただし、中小企業の場合は事業内容や規模が近い比較対象を見つけにくいため、仲介会社などが持つ成約事例のデータも参考にしながら相場を確認しましょう。
(3)インカムアプローチ
インカムアプローチは、会社が将来生み出す収益に基づいて評価する考え方です。
代表的な手法に、将来のキャッシュフローを現在価値に割り引いて算定するDCF法があります。
純資産や過去の実績には表れない成長性を価格に反映できるため、売り手としては、成長余地がある場合に交渉で価格を主張する際の根拠にできます。
一方で、評価額が事業計画の前提に左右されやすく、買い手を納得させるには実現可能性の高い計画の裏付けが欠かせません。
なお、実際の売却価格はこれらの評価どおりに決まるわけではなく、買い手とのシナジーや買い手候補の競合状況、技術・人材といった無形資産の評価によって上下します。
自社の価値を単一の数字ではなく幅として捉え、交渉の材料を整理しておくことが、納得のいく価格につながるでしょう。
4.中小企業がM&Aを実施するメリット

中小企業が売り手としてM&Aを実施するメリットを紹介します。
- 後継者問題の解決
- 個人保証・担保の解除
- 従業員の雇用維持
- 売却益の獲得
(1)後継者問題の解決
M&Aの最大のメリットは、親族や社内に後継者がいなくても会社を存続できる点にあります。
後継者不在のまま経営者が引退時期を迎えると、廃業以外の選択肢がなくなってしまいます。
第三者へ会社を譲り渡せば、長年築いてきた技術やノウハウ、取引関係を次の世代へ引き継ぐことが可能です。
廃業に伴う設備の処分費用や原状回復費用などのコストを回避できる点もメリットです。
黒字であっても後継者不在で廃業する会社も存在するため、廃業を決断する前にM&Aという選択肢を検討する価値は十分にあるでしょう。
(2)個人保証・担保の解除
中小企業のM&Aにより、経営者個人が負っていた借入金の連帯保証や担保提供を解除できる可能性があります。
中小企業では、金融機関からの借入に経営者の個人保証が付されているケースが少なくありません。
株式譲渡などで経営権が移転する際、買い手や金融機関との調整を経て保証の解除や移行を進めるのが一般的です。
中小企業庁の中小M&Aガイドライン(第3版)でも経営者保証の取り扱いが重要事項として整理されており、経営者保証に依存しない融資慣行への転換が進められています。
ただし、保証の解除には金融機関の同意が必要であり、契約内容によっては想定どおり移行されないトラブルも指摘されているため、最終契約で扱いを明確にしておきましょう。
(3)従業員の雇用維持
M&Aによって、従業員の雇用を守れる点も重要なメリットです。
廃業を選択すれば、従業員は職を失ってしまい、これまで事業を支えてくれた人たちを路頭に迷わせる可能性があります。
しかし、株式譲渡であれば雇用契約はそのまま引き継がれるため、従業員は原則として同じ職場で働き続けることが可能です。
買い手の会社の資本力や販路を活用できれば、待遇の改善やキャリアの選択肢の拡大につながるケースもあります。
(4)売却益の獲得
オーナー経営者は、会社の売却によってまとまった資金を得られます。
個人株主が株式譲渡で得た利益には、原則として20.315%(所得税15%、復興特別所得税0.315%、住民税5%)の申告分離課税が適用されます(No.1463 株式等を譲渡したときの課税(申告分離課税)|国税庁)。
給与などに適用される累進課税と異なり、利益の大きさによらず原則として一定の税率ですむため、手元に残る資金を見通しやすい点が特徴です。
獲得した売却益は、引退後の生活資金や新たな事業への挑戦資金として活用できます。
なお、ミニマムタックス税制により、所得水準が著しく高い場合には追加の課税が生じるケースもあるため、具体的な税額は税理士へ確認しましょう。
5.中小企業がM&Aを実施するデメリット

中小企業のM&Aには注意すべきデメリットもあります。
- 買い手が見つかりにくい
- 従業員・取引先への影響
事前にリスクを把握して、対策を講じておきましょう。
(1)買い手が見つかりにくい
中小企業のM&Aでは、そもそも買い手が見つかりにくい点が大きな課題です。
通常、買い手は事業拡大を目的にM&Aを検討するため、事業規模が小さく収益力の限られる中小企業は、買収の対象となりにくい傾向があります。
そのため、マッチングに時間を要するほか、買い手候補が現れても希望する価格や条件での売却とはならないケースも考えられます。
業績が悪化して資金繰りに窮してからでは交渉力がさらに弱まるため、余力のあるうちに検討を始めることが重要です。
また、事業承継・引継ぎ支援センターやマッチングプラットフォームなど、複数のチャネルを併用して買い手候補との接点を増やす工夫も有効といえます。
(2)従業員・取引先への影響
M&Aは、従業員や取引先との関係に影響を及ぼす可能性があります。
経営者の交代や社風の変化に不安を感じた従業員が、離職してしまうリスクは無視できません。
また、取引先が経営体制の変化を理由に離れてしまうこともあるでしょう。
契約にチェンジオブコントロール条項(経営権の移転時に契約解除などを認める条項)が含まれていないかを確認し、丁寧な説明と誠実な対応で信頼関係を維持しましょう。
6.中小企業のM&Aの流れ

中小企業のM&Aは、6か月から1年以上かけて段階的に進みます。
全体の流れをあらかじめ把握しておけば、各段階で何を準備すべきかが明確になり、交渉を円滑に進めやすくなるでしょう。
| ステップ | 具体的な内容 |
| ①準備・戦略立案 | M&Aの目的や希望条件を整理し、仲介会社などの支援機関を選定したうえで、財務資料の整備や自社の強みの棚卸し(見える化・磨き上げ)を進める |
| ②マッチング | 社名を伏せた企業概要書に基づき買い手候補を探し、関心を示した相手と秘密保持契約を締結して交渉を開始する |
| ③基本合意 | トップ面談などを経て条件の大枠が固まったら、譲渡価格やスケジュールなどを盛り込んだ基本合意書を締結する |
| ④デューデリジェンス | 買い手が財務・法務などの詳細な企業調査を実施し、リスクの有無を確認する |
| ⑤最終契約・クロージング | 最終契約を締結し、株式や事業の引き渡しと対価の決済をもって取引が完了する |
なかでも注意したいのがデューデリジェンスです。
簿外債務や訴訟リスクなどが発覚すると、価格の減額や取引の中止につながる場合があります。
売り手は自社の課題を事前に整理し、誠実に情報を開示する姿勢を心がけましょう。
7.中小企業のM&Aを成功させるポイント

中小企業のM&Aを成功させるために押さえておきたいポイントを紹介します。
- M&Aの目的を明確にする
- 株主と議決権を確認しておく
- 従業員への告知タイミングに配慮する
- 適正な売却価格を把握しておく
(1)M&Aの目的を明確にする
中小企業がM&Aを成功させるには、まず何のために会社を譲渡するのか、目的を明確にすることが重要です。
目的が曖昧なままでは交渉のなかで判断基準が定まらず、条件の優先順位を付けられなくなります。
例えば、従業員の雇用維持を最優先するのか、売却価格を重視するのかによって、選ぶべき買い手は変わってきます。
譲れない条件と妥協できる条件をあらかじめ整理しておけば、納得感のある意思決定につながるでしょう。
(2)株主と議決権を確認しておく
M&Aの検討を始める前に、自社の株主構成と議決権の状況を確認しておきましょう。
株式譲渡を円滑に進めるには、株式を可能な限り集約しておくと手続きがスムーズになります。
特に歴史のある中小企業では、株式が親族や元役員などに分散していたり、名義株(実際の出資者と名義人が異なる株式)が存在していたりするケースがあります。
株主名簿を整理し、必要に応じて分散した株式の買取を進めるなど、早い段階から準備を進めましょう。
議決権をどの程度確保できているかによって取り得る手法や交渉の進め方が変わるため、現状を正確に把握しておくのが大切です。
(3)従業員への告知タイミングに配慮する
従業員への告知は、最終契約の締結後など、M&Aが確実になった段階で行うのが基本です。
検討段階で情報が漏れると従業員の動揺や離職を招くだけでなく、取引先や金融機関の信用不安につながり、M&A自体が失敗してしまうおそれもあります。
情報漏洩は現在の事業運営にも甚大な影響を及ぼすため、交渉中は秘密保持を徹底しましょう。
なお、告知の際は雇用や待遇の方針を具体的に説明し、従業員の不安を取り除くことが大切です。
(4)適正な売却価格を把握しておく
中小企業がM&Aの交渉を有利に進めるには、自社の適正な売却価格の目安を事前に把握しておくことが欠かせません。
相場を知らないまま交渉に臨むと、不当に安い価格で手放してしまったり、逆に高すぎる希望価格で買い手が離れてしまったりするリスクがあります。
前述の企業価値評価の手法を用いて、支援機関に算定を依頼するとよいでしょう。
また、仲介会社へ支払う着手金や成功報酬などの手数料体系も契約前に確認し、手取り額のシミュレーションをしておくと安心です。
8.中小企業がM&Aを実施する際の相談先

中小企業がM&Aを検討する際には専門家との協業が欠かせません。
主な相談先として、以下が候補となるでしょう。
- M&A仲介会社
- 事業承継・引継ぎ支援センター
- 金融機関・士業専門家
(1)M&A仲介会社
M&A仲介会社は、売り手と買い手の間に立ち、マッチングから成約までを一貫して支援する専門業者です。
豊富な買い手候補のネットワークを持ち、価格交渉や契約手続きなど実務全般をサポートしてもらえます。
ただし、手数料体系や支援内容は会社によって大きく異なるため、契約前に業務範囲と報酬の妥当性を必ず確認しましょう。
(2)事業承継・引継ぎ支援センター
事業承継・引継ぎ支援センターは、国が全国47都道府県に設置している公的な相談窓口です。
無料で相談でき、第三者承継のマッチングや成約までのサポートを受けられます。
創業希望者と後継者不在の事業者を結びつける後継者人材バンクも運営しており、小規模な事業者の引継ぎ支援にも対応しています。
民間業者との契約内容やM&Aの進め方について、中立的な立場からセカンドオピニオンを得られる点も心強いです。
民間の仲介会社では扱いにくい小規模案件でも相談できるため、何から始めればよいかわからない経営者の最初の相談先としても適しています。
(3)金融機関・士業専門家
日頃から付き合いのある金融機関や士業専門家も、身近な相談先となります。
地域金融機関はM&A仲介・アドバイザリー業務への取り組みを強化しており、地域の情報を活かしたマッチングの支援が可能です。
融資取引がある場合は、経営者保証の解除に向けた調整も相談できます。
また、顧問税理士や弁護士には、税務・法務の観点から株価算定や契約内容のチェックを依頼できるため、それぞれの強みに応じて相談するとよいでしょう。
9.中小企業のM&Aに関するよくある質問

中小企業のM&Aに関するよくある質問をまとめました。
- 赤字や個人経営の会社でも売却できますか?
- M&Aにかかる期間はどれくらいですか?
- M&Aで会社や従業員はどうなりますか?
(1)赤字や個人経営の会社でも売却できますか?
赤字の会社や個人経営の小規模な事業でも、売却できる可能性があります。
買い手は決算書の利益だけでなく、技術力や人材、顧客基盤、許認可、立地といった経営資源を評価するため、魅力的に映れば買い手の需要が見込めます。
例えば、赤字でも優れた技術や安定した取引先を持つ会社は、買い手にとって魅力的な買収対象となり得ます。
実際に、事業承継・引継ぎ支援センターの成約企業の約7割は売上高1億円以下の小規模な事業者であり、会社の規模は必ずしも障壁にはなりません。
自社は価値がないと思い込まず、まずは支援機関へ相談してみましょう。
(2)M&Aにかかる期間はどれくらいですか?
中小企業のM&Aにかかる期間は、一般的に6か月から1年程度が目安です。
ただし、買い手候補がなかなか見つからない場合や、条件交渉が難航した場合には、2年以上かかるケースもあります。
特に事業内容が特殊な会社や希望条件が厳しい場合は、マッチングに想定以上の時間を要する傾向があります。
業績が悪化してからでは選択肢が狭まるため、経営に余力のある段階から早めに準備を始めるのが大切です。
(3)M&Aで会社や従業員はどうなりますか?
株式譲渡の場合、会社は法人格を維持したまま存続し、従業員の雇用契約も原則として買い手にそのまま引き継がれます。
社名や事業内容も直ちに変わるわけではなく、買い手の方針によっては従来の体制で事業が継続されるケースもあります。
従業員の雇用維持や処遇については、基本合意や最終契約の交渉段階で買い手と条件を取り決めることが可能です。
大切な従業員を守りたい場合は、雇用の継続を条件として明確に提示しましょう。
まとめ
中小企業のM&Aは、後継者問題を解決しながら会社と従業員の未来を守れる有効な選択肢です。
株式譲渡を中心とした手法の特徴や価値評価の考え方を理解し、目的を明確にしたうえで進めれば、納得のいく承継を実現しやすくなります。
一方で、買い手探しには時間がかかるため、経営に余力のあるうちに早めの準備を始めるのが成功の鍵です。
M&Aは準備から成約まで長い時間を要する取り組みだからこそ、早く動き出した経営者ほど有利な条件を引き出しやすくなります。
M&A仲介会社や事業承継・引継ぎ支援センターなどの支援機関も活用しながら、自社に合った承継の形を検討してみましょう。
監修者
塚田 拓士
不動産鑑定士
新卒で東京国税局に入局し、相続税の税務調査を担当しながら不動産鑑定士試験に合格。2007年にフィンテックグローバル(FGI)に入社し、事業再生、事業承継投資やPMI等を経験したのち、不動産M&Aによる投資事業を始め、FGIの主要事業に育てた。現在は不動産M&Aや投資商品の販売を推進している。
新卒で東京国税局に入局し、相続税の税務調査を担当しながら不動産鑑定士試験に合格。2007年にフィンテックグローバル(FGI)に入社し、事業再生、事業承継投資やPMI等を経験したのち、不動産M&Aによる投資事業を始め、FGIの主要事業に育てた。現在は不動産M&Aや投資商品の販売を推進している。