飲食店のM&Aとは?売却価格の相場とメリット・デメリットを売り手目線で解説
近年、後継者不足や人手不足を背景に、飲食店の経営をM&Aで第三者へ引き継ぐケースが増えています。
実際、帝国データバンクの調査によると、2025年の飲食店の倒産は900件と過去最多を更新しました(「飲食店」の倒産動向(2025年)|株式会社 帝国データバンク[TDB])。
この記事では、飲食店M&Aの仕組みと手法、売却価格の考え方から成約までの流れまで、売り手の視点で解説します。
1.飲食店のM&Aとは

飲食店のM&Aとは、店舗の経営権や事業を第三者に譲渡し、その対価を受け取る取引です。
基本的な仕組みと、混同されやすい居抜き売却との違いから整理します。
- 飲食店M&Aの基本的な仕組み
- 居抜き売却との違い
(1)飲食店M&Aの基本的な仕組み
M&A(Mergers and Acquisitions)は、合併と買収の総称です。
飲食店の場合は会社そのもの、または店舗の事業を買い手に譲渡し、売り手は対価として現金などを受け取ります。
買い手は店舗や設備だけでなく、従業員やレシピ、常連客との関係といった事業の価値をまとめて引き継ぎます。
(2)居抜き売却との違い
居抜き売却とM&Aは、譲渡する対象の範囲が大きく異なる取引です。
| 項目 | 居抜き売却(造作譲渡) | M&A |
| 譲渡の対象 | 内装・厨房設備などの資産のみ | 会社全体または事業(雇用・営業権を含む) |
| 従業員 | 原則として引き継がれない | そのまま引き継がれることが多い |
| 価格の水準 | 造作の価値が中心で低め | 収益力に応じて高くなりやすい |
| 手続き | 比較的シンプル | 調査や契約が複雑で時間がかかる |
居抜き売却は、内装や厨房設備といった造作を買い手に譲る方法で、退去時の原状回復費用を抑えながら造作代金を受け取れます。
造作代金は立地や設備の状態に左右されますが、都内の10〜30坪程度の店舗で50万〜300万円程度が一般的とされています。
一方のM&Aは、事業の運営そのものを引き継ぐため、収益力やブランドといった無形の価値も評価の対象です。
従業員の雇用を守りたい、店を続けてほしいという希望があるなら、M&Aでの譲渡を検討しましょう。
2.飲食店のM&Aの手法

飲食店のM&Aで使われる主な手法は、以下の三つです。
| 手法 | 譲渡の対象 | 向いているケース |
| 株式譲渡 | 会社全体(株式) | 会社ごと経営から退きたい |
| 事業譲渡 | 特定の店舗・事業 | 一部の店舗だけを売却したい |
| 合併・会社分割 | 会社・事業の包括的な統合や切り出し | グループ再編や規模の大きい取引 |
(1)株式譲渡
株式譲渡とはオーナーが保有する会社の株式を買い手に売却し、経営権ごと移転させる手法です。
会社はそのまま残るため、店舗の賃貸借契約や従業員との雇用契約は、原則として維持されます。
法人が取得している飲食店営業許可も、株主が変わるだけであれば原則としてそのまま有効です。
手続きが比較的シンプルで、会社ごと経営から退きたいオーナーに向いています。
一方で、買い手は帳簿に載っていない債務(簿外債務)も会社ごと引き継ぐことになるため、買い手側の調査(デューデリジェンス)は厳格になりやすいのが実情です。
また、株式が親族などに分散している場合は、譲渡の前に株式を集約しておく必要があります。
(2)事業譲渡
事業譲渡は、特定の店舗や事業だけを選んで譲渡する手法です。
不採算店舗のみを切り離したい場合や、複数店舗のうち一部だけを売却したい場合に適しています。
2023年12月13日以降の制度改正により、飲食店の営業許可等も事業譲渡によって引き継ぎができるようになったため、買い手も新たな許可等の取得がなく飲食店営業ができる点ではメリットが大きいです(事業譲渡に関する手続が整備されました|厚生労働省)。
ただし、営業の一部のみの譲渡や施設の大幅な変更などの場合は新規取得が必要となります。
承継には譲受人による保健所への地位承継届の提出も求められるため、事前に管轄の保健所へ相談しておきましょう。
また、資産や契約を一つずつ個別に移転する必要があり、従業員の雇用も個別の同意を得て引き継ぐなどの手間がかかります。
なお、事業譲渡をした売り手側には会社法上、原則として20年間、同一および隣接する市町村の区域内で同一の事業を行えない「競業避止義務」が生じます。
この範囲は当事者間の合意によって変更できるため、譲渡後に近隣で再び飲食店を開きたい構想がある場合は、契約時に必ず確認しておきましょう。
(3)合併・会社分割
合併・会社分割は、会社法にもとづく組織再編の手法です。
主にグループの再編や規模の大きい取引で活用されることが多い方法となります。
合併は複数の会社を一つに統合する方法で、会社分割は事業を切り出して他社へ包括的に承継させる方法を指します。
例えば、複数の事業を展開する会社が飲食部門だけを分割して売却するようなケースです。
権利義務をまとめて譲渡できる反面、手続きが複雑なので事業規模が大きい飲食店に向いている方法です。
3.飲食店のM&Aにおける売却価格の考え方

飲食店のM&Aにおける売却価格には一定の相場があるわけではありません。
価格を左右する要素と、目安となる計算式を押さえておきましょう。
- 価格を押し上げる要素
- 価格を引き下げる要素
- 相場の目安となる年倍法の計算式
(1)価格を押し上げる要素
飲食店のM&Aにおける売却価格を高めるのは、次のような要素です。
- 駅前や繁華街など集客力のある立地
- 安定した売上とリピーターの存在
- 少人数で運営できる規模の店舗
- 清潔に保たれた厨房・内装
- 独自のレシピやブランド、SNSのフォロワーなどの無形資産
特に少人数で回せる規模の物件は開業希望者からの需要が高く、高値がつきやすい傾向にあります。
営業利益が同じ水準でも、こうした要素の評価次第で提示額が変わることは珍しくありません。
日頃の衛生管理や情報発信の積み重ねが、売却価格にも反映されるといえるでしょう。
(2)価格を引き下げる要素
飲食店のM&Aで以下のような要素がある場合は、価格が引き下げになる要因となります。
- 赤字経営や、オーナー個人の経費と店舗経費の混在による収益の不透明さ
- 厨房設備や内装の老朽化
- 集客力の低い立地や、家賃・退去条件などの不利な契約内容
なお、収益の不透明さは経理の整理によって改善できる要素です。
売却を検討し始めたら、店舗本来の収益力を示せるようにしておきましょう。
また、賃貸借契約に譲渡や転貸を制限する条項がある場合は、貸主の承諾が取引の前提になるため、契約書の内容も早めに確認しておくと安心です。
(3)相場の目安となる年倍法の計算式
飲食店を含む中小企業のM&Aでは、価格の目安として、時価純資産に数年分の利益を加算する年倍法が使われることがあります。
- 時価純資産+修正後の利益×1〜3年程度
ここでいう修正後の利益とは、オーナー個人の経費や一時的な損益を除き、店舗本来の実力に引き直した利益を指します。
ただし、使用する利益の種類や年数に決まった基準はなく、収益の安定性、立地、ブランド、設備の状態などによって変わります。
また、規模の大きい案件では、将来の収益を基準とするDCF法など、別の評価手法が使われることもあります。
これはあくまで目安の計算式であり、最終的な価格は買い手との交渉で決まる点は理解しておきましょう。
4.飲食店がM&Aを実施するメリット

飲食店がM&Aを実施することで得られるメリットを三つ紹介します。
- 廃業コストの削減
- 従業員の雇用維持
- 創業者利益の獲得
(1)廃業コストの削減
飲食店がM&Aを実施することで、廃業コストを削減できます。
通常、店舗を廃業して退去する場合、内装を撤去して借りたときの状態に戻す原状回復工事の費用が発生するなど、店舗の規模によっては数十万円から数百万円程度かかる場合もあります。
また、原状回復工事以外にも、廃業時には次のような費用が必要です。
- 厨房設備や什器の処分費用
- 賃貸借契約の解約予告期間中の家賃
- リース契約が残っている場合の残債の精算
廃業を選んだ場合、これらの支出はすべて自己資金で負担する必要があります。
しかし、M&Aであれば飲食店をそのまま引き継ぎできるため、廃業コストがかかりません。
(2)従業員の雇用維持
飲食店M&Aの二つ目のメリットは、従業員の雇用を守れることです。
廃業すれば従業員は職を失いますが、M&Aでは買い手にそのまま雇用が引き継がれるケースが多くあります。
資本力のある買い手の傘下に入れば、待遇や福利厚生が改善する可能性も十分期待できます。
深刻な人手不足が続く飲食業界では、経験豊富なスタッフの存在は買い手にとっても価値が高いです。
そのため、M&A契約締結時に従業員の雇用継続を条件として交渉すれば、売り手・買い手の双方にとって納得感のある取引につながるでしょう。
長年支えてくれたスタッフの生活を守れることは、経営者としても大きな安心となります。
(3)創業者利益の獲得
飲食店M&Aの三つ目のメリットは、創業者利益の獲得です。
育ててきた店の価値が現金化されるため、リタイア後の生活資金や新たな事業の元手に活用できます。
また、株式譲渡などの場合、金融機関から資金を借り入れる際に付していた経営者個人の連帯保証を、買い手側との調整により解除できるケースもあるでしょう。
なお、個人株主が株式譲渡で得た譲渡益には、原則として約20%強の所得税および住民税等(分離課税)が適用され、翌年の確定申告時に納税が必要です。
売却後の手取り額を見積もる際は、税負担も含めて計算しておくことが大切です。
5.飲食店がM&Aを実施するデメリット

飲食店M&Aには多くの魅力がある一方で、経営者として知っておくべきデメリットもあります。
- 希望条件での売却が難しい場合がある
- 従業員・取引先への影響が生じる可能性がある
それぞれの内容と、リスクを抑えるための考え方を紹介します。
(1)希望条件での売却が難しい場合がある
飲食店に限った話ではありませんが、M&Aはあくまで相手があって初めて成立する取引です。
飲食店を買ってくれる相手が見つからない、希望する価格や時期が折り合わない場合もあるでしょう。
特に業績が悪化してから飲食店を売りに出すようなケースでは、評価はさらに下がります。
売り急ぎの姿勢が買い手に伝わると、価格交渉でも不利になりかねません。
一般的に、相手探しから成約までは6か月以上かかるケースが多いため、売却したい時期から逆算した準備が欠かせません。
トレンド変化が早い飲食店業界では、早めにM&Aを検討、実施するようにしましょう。
(2)従業員・取引先への影響が生じる可能性がある
飲食店のM&Aでオーナーが変われば、従業員や取引先への影響は避けられません。
例えば、突然M&Aについて発表すれば従業員が不安になり、離職を考えることもあるでしょう。
特に料理人など代わりの利かない人材が離職すれば、味やサービスの水準が保てず、店の価値そのものが下がるおそれもあります。
また、新オーナーの判断で取引先との契約がストップしたり、条件が変わったりすることもあります。
M&Aの公表のタイミングを誤ると、退職の連鎖や常連客離れなどにつながりかねません。
雇用条件の維持や引き継ぎの進め方について、買い手と入念に協議しておきましょう。
6.飲食店のM&Aの流れ

飲食店のM&Aは、検討から完了までおおむね6か月から1年程度かかるのが一般的です。
各ステップの内容と期間の目安は、以下のとおりです。
| ステップ | 主な内容 | 期間の目安 |
| 事前準備とアドバイザー選定 | 目的の整理・資料の準備・依頼先選び | 1〜2か月程度 |
| マッチングと基本合意 | 買い手探し・トップ面談・条件交渉 | 2〜4か月程度 |
| デューデリジェンスの実施 | 買い手による財務・法務などの調査 | 1〜2か月程度 |
| 最終契約と引渡し | 契約締結・対価の受け取り・引き継ぎ | 1か月程度〜 |
(1)事前準備とアドバイザー選定
飲食店M&Aの最初のステップは、目的と希望条件の整理です。
いくらで、いつまでに、何を優先して譲渡したいのかを明確にし、決算書や店舗の資料を整理します。
決算書はもちろん、賃貸借契約書やリース契約書、営業許可証などもこの段階で揃えておくと、その後の手続きがスムーズです。
加えて、M&A仲介会社やマッチングサイトなど、相手探しを支援してくれるアドバイザーを選定しましょう。
(2)マッチングと基本合意
次に、店名を伏せた匿名の資料(ノンネームシート)を使って買い手候補を探します。
ノンネームシートの段階では、店名や場所が特定されないように注意して作成することが大切です。
関心を持つ相手が現れたら、秘密保持契約を結んだうえで詳細な情報を開示し、経営者同士のトップ面談へ進みます。
価格や従業員の処遇などの主要条件がまとまれば、基本合意書を締結します。
基本合意では、買い手に一定期間の独占交渉権を与えるのが一般的です。
(3)デューデリジェンスの実施
基本合意後、買い手による詳細な調査(デューデリジェンス)が実施されます。
デューデリジェンスとは、財務・法務・労務などの観点から、簿外債務や未払残業代といったリスクの有無を確認する手続きです。
飲食店の場合は、食品衛生や消防関係の法令遵守の状況が調査項目に含まれることもあります。
ここで不利な情報を隠すと、発覚した際にトラブルにつながるため、求められた資料は誠実に開示し、信頼関係を保ちながら進めましょう。
(4)最終契約と引渡し
デューデリジェンスの結果を踏まえて最終条件を確定し、最終契約を締結します。
契約にもとづいて対価の支払いと経営権の移転(クロージング)が行われ、M&Aは完了です。
その後は、従業員への説明やオペレーションの引き継ぎなど、円滑な移行に向けた協力が求められます。
引き継ぎ期間の関わり方も、契約時にあらかじめ決めておくと安心です。
7.飲食店のM&Aに関してよくある質問

飲食店のM&Aについて、売り手からよく寄せられる質問に回答します。
- 赤字や個人経営の飲食店でも売却できますか?
- 飲食店M&Aにかかる費用・手数料の相場は?
- 従業員や常連客にはM&Aについていつ伝えるべきですか?
(1)赤字や個人経営の飲食店でも売却できますか?
赤字や個人経営の飲食店でも、売却できる可能性はあります。
買い手は現在の利益だけでなく、立地や設備、人材、ブランドといった要素も評価するためです。
例えば、好立地の店舗であれば、赤字でも出店ニーズのある買い手がつくケースがあります。
なお、個人経営の場合は株式が存在しないため、事業譲渡の形で売却されるのが一般的です。
売れるかどうか迷う場合は、仲介会社の無料相談などを活用して、自店にどの程度の需要があるかを確かめてみましょう。
(2)飲食店M&Aにかかる費用・手数料の相場は?
M&A仲介会社を利用する場合は着手金や中間金、成約時の成功報酬といった手数料がかかります。
成功報酬は、譲渡額に一定の料率を掛けるレーマン方式で計算されるのが一般的です。
ただし、小規模な案件では最低報酬額が設定されていることが多く、負担が相対的に重くなる場合があります。
なお、着手金は交渉が破談になった場合でも返金されないのが通常のため、契約前に報酬の発生条件を確認するのも重要です。
近年は着手金無料の仲介会社や、売り手側の手数料がかからないマッチングサイトもあるため、複数の料金体系を比較して選びましょう。
(3)従業員や常連客にはM&Aについていつ伝えるべきですか?
従業員への公表は、原則として最終契約の締結後が一般的です。
交渉中に情報が漏れると、従業員の動揺や憶測の拡散により、交渉が決裂するリスクがあります。
ただし、引き継ぎに欠かせない幹部には、買い手と相談のうえ早めに伝えるケースもあります。
伝える際は、雇用や労働条件が今後どうなるのかについても説明すると、従業員の不安を和らげられます。
常連客や取引先への案内も含めて、公表のタイミングと伝え方は買い手と協議して決めるのが鉄則です。
まとめ
飲食店のM&Aは、店と従業員を残しながら対価を受け取れる、廃業に代わる有力な選択肢です。
手法には株式譲渡・事業譲渡・合併や会社分割があり、規模や目的に応じて使い分けられています。
売却価格は年倍法(時価純資産+修正後の利益×1〜3年程度)が目安となり、立地や収益力などによって評価が変わります。
一方で、希望条件で売却できないリスクや、従業員・取引先への影響には注意が必要です。
業績に余力のあるうちに準備を始めることが、希望に近い条件での成約につながるため、自店の状況に合った承継の形を検討してみてください。
監修者
塚田 拓士
不動産鑑定士
新卒で東京国税局に入局し、相続税の税務調査を担当しながら不動産鑑定士試験に合格。2007年にフィンテックグローバル(FGI)に入社し、事業再生、事業承継投資やPMI等を経験したのち、不動産M&Aによる投資事業を始め、FGIの主要事業に育てた。現在は不動産M&Aや投資商品の販売を推進している。
新卒で東京国税局に入局し、相続税の税務調査を担当しながら不動産鑑定士試験に合格。2007年にフィンテックグローバル(FGI)に入社し、事業再生、事業承継投資やPMI等を経験したのち、不動産M&Aによる投資事業を始め、FGIの主要事業に育てた。現在は不動産M&Aや投資商品の販売を推進している。